- はじめに
- 1. 階層ベイズモデルによるセグメント推定
- 2. 隠れマルコフモデル(HMM)による動的セグメンテーション
- 3. 潜在クラス分析とベイズクラスタリング
- 4. 実務応用における注意点と実装方法
- 最後に
はじめに
マーケティング戦略を考える上で、顧客セグメンテーション(顧客の分類・グループ化)は非常に重要な役割を果たしています。例えば、ECサイトの利用者を「頻繁に購入する常連客」「たまに大きな買い物をする顧客」「ブラウジングだけの顧客」などに分類することで、それぞれに適したアプローチを考えることができます。
このような顧客セグメンテーションに、近年ではベイズ統計の考え方が活用されています。本記事では、特に階層ベイズモデル、潜在クラス分析、隠れマルコフモデルといった手法に焦点を当て、それらの理論的背景と実務での応用について解説していきます。
1. 階層ベイズモデルによるセグメント推定
1.1 階層ベイズモデルの基本的な考え方
階層ベイズモデル(Hierarchical Bayes Model, HB)は、「個人の特性」と「集団としての特性」の両方を同時に考慮できる手法です。例えば、ある商品の価格に対する感度を考えてみましょう。人によって価格への反応は異なりますが、かといって完全にバラバラというわけでもなく、ある程度の傾向は共有しているはずです。このような「個人差はあるが、全体としての傾向もある」という状況を、以下の数式で表現します:
この考え方をより詳しく表現すると、以下のような3段階の構造になります:
これは、例えば以下のような状況を表現しています。ある商品の購入履歴データを分析する場合を考えてみましょう。
第1階層は「実際の購入データ」を表します。個人mの i番目の購入機会での行動を記録します。
第2階層は「その人の購買傾向」を表します。価格への感度や、ブランドへのこだわりなど、その人特有の性質です。
第3階層は「顧客全体としての傾向」を表します。例えば「この商品カテゴリーでは一般的に価格重視の傾向がある」といった、集団としての特徴です。
1.2 コンジョイント分析への応用
階層ベイズモデルの代表的な応用例として、コンジョイント分析があります。コンジョイント分析とは、商品の様々な特徴(価格、機能、デザインなど)に対する消費者の好みを分析する手法です。例えば、スマートフォンを購入する際、価格、画面サイズ、バッテリー容量などの特徴について、消費者がどのように判断しているかを分析します。
このような選択行動は、以下の数式で表現されます:
実際の選択確率は、以下のように計算されます:
この式は、例えば次のような状況を表現します:スマートフォンAとBがあり、Aは高機能だが高価格(効用7)、Bは普通の機能で手頃な価格(効用5)の場合、選択確率は以下のようになります:
Aを選ぶ確率 = exp(7)/(exp(7) + exp(5)) ≈ 0.73
Bを選ぶ確率 = exp(5)/(exp(7) + exp(5)) ≈ 0.27
つまり、この例では約73%の確率でAが選ばれると予測されます。
1.3 階層ベイズモデルの推定方法
これらのモデルを実際のデータから推定する際には、以下のような計算を行います:
具体的な推定の手順は、以下の式で表される繰り返し計算によって行われます:
この式は、具体的には以下のような作業を繰り返し行うことを表しています。まず個人ごとの特性を推定し、次にその結果を使って全体の平均を更新し、最後に全体のばらつきを更新します。料理に例えると、各家庭の味付けの好みを知り、それを集めて「この地域の平均的な味付け」を把握し、さらに「どのくらい家庭によって味付けが異なるか」を理解するようなものです。
1.4 モデルの実用的な特徴
階層ベイズモデルの大きな特徴は、データの少ない個人に対しても安定した推定が可能な点です。これは以下の式で表現されます:
重みの計算は以下の式で行われます:
2. 隠れマルコフモデル(HMM)による動的セグメンテーション
2.1 なぜ動的セグメンテーションが必要か
顧客の行動パターンや嗜好は、時間とともに変化することがあります。例えば、ECサイトの利用者は「ブラウジングのみ」の状態から「積極的な購買」の状態に移行したり、逆に「休眠」状態に入ったりします。このような変化を捉えるために、隠れマルコフモデル(HMM)が用いられます。
2.2 基本的なHMMの仕組み
HMMでは、各時点での顧客の状態(セグメント)は直接観察できませんが、その状態に応じた行動(購買金額、訪問頻度など)が観察できると考えます。この関係は以下の式で表現されます:
観察される行動は、以下の式でモデル化されます:
2.3 外部要因を考慮したHMM
実際のマーケティングでは、キャンペーンやセールなどの外部要因が顧客の状態遷移に影響を与えることがあります。このような状況を表現するため、以下のような拡張モデルが使われます:
例えば、「ブラウジング」状態の顧客に大幅な値引きキャンペーンを実施すると「購買」状態への遷移確率が上がる、といった状況を表現できます。
2.4 状態継続時間を考慮したモデル(HSMM)
通常のHMMでは、各状態にどれくらいの期間とどまるかについて、暗黙的に「指数分布的に減衰する」と仮定しています。しかし実際の顧客行動では、例えば「新規顧客は最初の1ヶ月は頻繁に購入する傾向がある」といったように、より複雑な滞在時間パターンが観察されます。 このような状況に対応するため、Hidden Semi-Markov Model (HSMM)という拡張モデルが提案されています。HSMMでは、状態の継続時間を以下の式で明示的にモデル化します:
HSMMの尤度(データの説明力)は以下の式で計算されます:
2.5 実務での活用例
ECサイトでの顧客行動分析を例に取ると、ある顧客が「購買」状態に移行する確率は以下のように計算されます:
このモデルを使うことで、例えば「最近閲覧回数が増えている顧客は購買状態に移行する確率が高い」といった知見を得ることができ、そのような顧客に対して適切なタイミングでプロモーションを実施するといった施策が可能になります。
3. 潜在クラス分析とベイズクラスタリング
3.1 潜在クラス分析の基本的な考え方
潜在クラス分析は、観察された行動パターンから顧客の「隠れた」グループ(クラス)を発見する手法です。例えば、ECサイトでの「閲覧パターン」「購買カテゴリー」「支払い方法」などの組み合わせから、似た特徴を持つ顧客グループを見つけ出します。
この手法は、以下の確率モデルで表現されます:
例えば、あるECサイトで3つのクラスが発見されたとします:
- トレンド追求型(
):新商品をよく閲覧・購入
- 価格重視型(
):セール時に集中的に購入
- こだわり型(
):特定カテゴリーで高額購入
3.2 ベイズ的アプローチの利点
従来の潜在クラス分析をベイズ的に拡張すると、以下のような階層的な構造を持つモデルとなります:
このアプローチの大きな利点は、「クラス所属の不確実性」を自然に扱えることです。例えば、ある顧客について「60%の確率で価格重視型、40%の確率でこだわり型」といった柔軟な解釈が可能になります。
3.3 クラス数の決定方法
実務上の重要な課題の一つは、適切なクラス数Kの決定です。ベイズ的なアプローチでは、以下の周辺尤度を計算することでモデル比較が可能です:
実務的には、この値の代わりに以下のような情報量規準を使うことも多いです:
3.4 行動パターンの時系列性を考慮したクラスタリング
顧客の行動パターンには時系列的な特徴が含まれることが多いため、以下のような時系列モデルを組み込むことも可能です:
3.5 実務での活用例
実際のECサイトでの活用例を考えてみましょう。ある顧客が特定のクラスkに属する事後確率は以下のように計算されます:
このような確率的な分類は、マーケティング施策の決定に重要な示唆を与えます。例えば、「トレンド追求型の確率が高い顧客には新商品情報を、価格重視型の確率が高い顧客にはセール情報を」といったターゲティングが可能になります。
4. 実務応用における注意点と実装方法
4.1 データの前処理と特徴量設計
ベイズ的なセグメンテーションを行う際、入力データの質が結果を大きく左右します。これは以下の確率モデルで表現されます:
例えば、購買データを扱う場合、以下のような特徴量を設計することが重要です:
4.2 モデルの評価と検証
セグメンテーションモデルの評価には、以下のような予測性能の指標を用います:
4.3 実装上の工夫とパフォーマンス最適化
大規模なデータセットを扱う場合、計算効率が重要な課題となります。特に、以下のような近似計算を活用することで、処理速度を改善できます:
この近似を用いた目的関数は以下のようになります:
4.4 実務での活用戦略
セグメンテーション結果を実務で活用する際、各セグメントの特徴を定量的に把握することが重要です。セグメント間の差異は以下の式で評価できます:
実際のマーケティング施策は、この差異の大きさに基づいて優先順位をつけることができます:
これにより、例えば「価格重視型セグメントには費用対効果の高いクーポン施策を、こだわり型セグメントには利益率の高い商品のレコメンドを」といった、セグメントごとに最適化された施策を展開することができます。
最後に
今回は網羅的に扱ったので、実際に実務で活用するときに、どのようにやるのかというのをそこまで示せてませんが、このような方法もあるんですよ?という新たな知見の獲得にはつながるのではないかと思い、本記事を書きました。twitterでツイートしましたが、米国ではマーケティングにおいて85%の分析者がベイズ的なアプローチを分析方法として採用しているというのを、どこかで見たことがあります。いつもの流れにのっとれば、米国で流行ってその流れが日本にやってくるのような風潮があると思うので、ベイズ的なアプローチが日本でも主流になってくるのではないかと思います。その際の手法の選択肢の幅が広がればと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。